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「トキシコロジー」とは何ですか
千葉大学名誉教授
佐藤 哲男

 今日私どもはおびただしい数の化学物質の中で生活しています。その中で、多くの化学物質は無意識の内に大気、食品、その他の媒体を通して生体内に入り込みます。それに対して、医薬品は治療の目的で患者自身の意思で使われるものです。例えば、風邪薬として広く用いられているアセトアミノフェン(パラセタモール)は、常用量を使用すると優れた解熱鎮痛薬ですが、大量に飲むと重症な肝障害を引き起こし最終的には死に至ります。かつて英国では自殺の目的で常用量の10倍服用した例が複数報告されています。また、セレンは生体にとって栄養上必須な金属ですが、高濃度が体内に入ると逆に毒性を示します。この様に、化学物質の有用性と毒性はその量により大きく異なります。

  中世の医師、錬金術師であるパラケルスス(1493−1541)は、「物質にはすべて毒性がある:毒性のないものはない。量が毒か薬かを区別する」(キャサレット&ドール:「トキシコロジー」、日本語訳より引用)と毒性の本質を定義しています。つまり、薬は適量を適正に使用することにより初めて治療薬としての効果を発揮することとなります。

 この様に、医薬品、化学物質の人への安全性をサイエンスに基づいて解明する学問が「トキシコロジー」です。トキシコロジーは日本語では毒性学、毒理学、毒科学、毒物学、中毒学、安全性学などとさまざまに訳されていますが、どれもその一断面を表すのみで本質を示していません。

 トキシコロジーが学問として認知されたのは1960年代初頭で、その頃のトキシコロジー研究者は、薬理学、病理学、生化学などの研究者が集まったいわばヘテロ集団でした。その最初の集団が米国トキシコロジー学会(Society of Toxicology, USA)です。9名の発起人により1961年3月4日に設立集会が開催されました。40年余を経た現在、5000名余の会員にまで発展し世界で最大のトキシコロジー学会となりました。

 ヨーロッパでは、1962年9月20日に欧州6カ国から19社の大手製薬企業関係者26名が集まり、欧州における毒性研究の研究会の必要性が検討され、その結果、European Society for the Study of Drug Toxicity(ESSDT)が設立されました。この議論のきっかけは当時ドイツで起きたサリドマイドの悲劇が引き金になったといわれています。10年後にEuropean Society of Toxicology(EST)と改められ、その後現在のEUROTOXに改名されました。

 一方、我が国における毒性研究の最初の集団は、1973年11月に設立された「毒性研究会」です。また、1976年2月には「毒作用研究会」が設立されました。1981年6月にこれら二つの研究会が合体して「日本毒科学会」が新たに設立されました。1997年には学会の名称を「日本トキシコロジー学会」に改称し、現在は2000名余の会員を擁する世界第二の学会にまで成長しました。

 トキシコロジーは、100年以上の歴史を持つ薬理学や病理学に比べたら50年にも達しない新しい学問です。しかし、医薬品の他に、食品添加物、農薬、化学工業薬品、金属、環境汚染物質、家庭用化学薬品、放射線・放射性物質、天然毒、金属、産業廃棄物、化学兵器など広範な領域を対象としている点では極めて重要な意味をもっています。

 また、象牙の塔ではなく社会と広い接点を持つ学問であることが特徴です。日本トキシコロジー学会では、毎年公開市民講座を開催して、トキシコロジーの啓蒙に尽くしています。また、新薬の開発において、安全性を正しく評価し、担保することは製薬企業研究者の重要な職務であり、トキシコロジーがその基盤となっています。

 古代に暗殺や戦争の目的で使われた動物毒、植物抽出物は、中世を経て20世紀になりトキシコロジーの誕生のきっかけとなりました。最近では、DNAレベルの知識と技術が導入され、より精度の高い学問に発展しつつあります。1980年から3年毎に開催されている国際トキシコロジー会議(International Congress of Toxicology)では、国際的に共通な課題が議論され、その成果は研究の場のみならず、行政や市民レベルまで反映されています。トキシコロジーは将来に続く重要な学問として我々の生活の中で役立っています。

*2012年1月より、日本毒性学会に改名
(2006年1月 受理)


「トキシコロジー学会の使命」
元理事長・東京大学名誉教授
唐木英明

 「神は5分前にこの世を創造した。」この仮説に反証することは難しい。例えば「私が1時間前に書いた書類がここにあるのだから、世界はずっと前からある」と反論してみても、「神はそのような記憶を持ったあなたを創造したのだ」と言われるとそれまでだ。

 哲学者Karl Raimund Popper(1902〜1994)は、「反証可能な仮説のみが科学的な仮説であり、そのような科学的な仮説で組み立てられた体系が科学である」と述べた。「神」という絶対的な存在を持ち出すことは反証を不可能にすることであり、科学とは言えない。仮説を立て、これを検証し、仮説を改定してゆく。このサイクルがPopperの言う科学である。だから、現在米国で反進化論論争の中心になっている「地球上の生命はある特定できない知的な要因によって生み出された」とするインテリジェント・デザイン(知的計画)説などは科学とは言えない。

 これに対して、パラダイム説を唱えたのが科学史家Thomas Samuel Kuhn(1922-1996)である。パラダイムとは、「観察者(科学者)の持つ世界観」と言える。科学者は教育や研究の過程である分野のパラダイムを身につける。そしてそのパラダイムに基づいて「謎解き」を行うのが科学である。しかし「地動説」が現れたときのように、時間と共に現在のパラダイムでは説明できない観察事例が集まり、パラダイムは危機に陥り、全く新しいパラダイムが登場する。このようなパラダイムの変換が起こるまでは、そのパラダイムを共有する科学者集団が科学を論じ、科学的な価値を保証する。これが「学会の役割」である。そして、パラダイムの危機はそれを共有する科学者集団の危機でもあり、パラダイムの変換と共に新しい科学者集団が組織される。古い学会はこのようにして消えてゆき、新しい学会はこのようにして生れる。

 有名なKuhnによるPopper批判の根拠は、科学者はパラダイムに基づいて謎解きをするだけで、パラダイム自体を検証することはほとんどないという事実である。ある意味ではパラダイムは、それが崩壊するまでは、科学者にとって絶対の存在ともいえる。Popperは科学があるべき姿を示したのに対して、Kuhnは科学の現実を言い表しているようにも見える。

 「トキシコロジー」の用語さえまだ定着していない日本において、我がトキシコロジー学会は医薬品、食品、環境の安全を守る「専門家集団」としてのアイデンティティーを確立しつつあるが、「科学者集団」として共有すべきパラダイムは何か、それを絶対視してはいないか、会員と共に検証して行くのが学会の使命であろう。

*2012年1月より、日本毒性学会に改名
(2006年1月 受理)